年の瀬に書く話ではないかもしれないが、僕には人生上の目標がない。小学生のとき、担任に「将来何になりたいか」と聞かれ、適当に「ダンプの運転手」と答えた。ガリガリでひ弱だった僕は、クラスの皆から笑われた。

大学生のときには、ミュージシャンを目指して退学、上京したものの、その才能がないことはすぐに分かった。その後いろいろな職について、なんとなくプログラミングが好きになり、今もITエンジニアとして働いている。

自己啓発書の名著とされている『7つの習慣』には、以下のような文章があるらしい。

自分にとって最も重要な価値観について考えるには、自分自身の葬儀に出席したところを想像するといい。弔辞には、どんなことを言ってもらいたいだろうか? 人生でなしとげたことで、いちばん自慢に思っていることは? そして最後に、人生で何を達成したかったのか?

僕は、自分の葬儀なんかどうなったっていいし、人々の記憶に何かを残して死にたいとも思わない。他人の評価を気にする人生が、そんなに幸せなのだろうか。弔辞で褒められることを「成功」と呼ぶならば、僕にはそんなものは必要ない。

今後も僕は、偶然の導きによって、好きなことをしたり、嫌々ながら嫌いなことをしたり、妻と幸せな時間を過ごしたり、町で酔っぱらいと喧嘩したり、そんな毎日をただ過ごしていくだろう。会社で出世したいとか、社会のために尽くしたいとか、技術の発展に寄与したいとか、そんな大それた目標は一生持たないに違いない。

ただ、妻とは楽しい暮らしを続けたい。そのためには気合を入れて稼ぐ必要がある。それが目標といえば目標だ。一人の女性をも幸せにできない男が、会社のためだの社会のためだの世界のためだのと偉そうな目標を掲げても、そもそも滑稽なだけだと思う。